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安定の大切さ
下を見ることで安定することの大切さというタイトルですが、知らず知らずのうちに、自分よりも上の人や下の人を、なんとなく自分の指標と言うので勝手に人を判断していると思います。
人と接する上で、この人よりは大丈夫だなとか、この人にはかなわないなという自分の基準というのを誰でも持っていると思うのです。
自己評価と安定
下の人を見ると、そういうことで安定するというのが、どういうことか分からないとなるかもしれないのですが。
これに気づいたのは、私の場合は学生時代はこれに気づけなくて。
大人になってからだいぶ経ってから、このことに気づいたのですが。
それまでは、日々強がって常に向上心を持って忙しく過ごしていました。
ふとした時に、大きなストレスによって急に不安定になることが出てきて。
この時に、ちょっと困ったなという体験がありまして。
自分よりも上の人をずっと見ていて、こういうふうになりたいなとか、こういうふうに近づけたらいいなと言って、向上心を持って日々いろんなことに挑戦していたという。
ここまでは聞こえがいいのですが、それがずっと続くわけもなく。
自分より上の人は本当にすごい人で、自分よりも当然いろんなスキルがあるので。
真似してもそこに到達することは到底できず、どこかで自分の方ができないので、どこかでできなくなっていくのです。
他者比較と安定
そうした時に、何を心の支えとするかという時に、ふと自分より下の人、下というと聞こえは悪いのですが、自分より足が遅い人だったり、自分より頭が良くない人とか、自分より行動力がない人とか、行動が遅い人とか。
そういう人と自分を比べると、この人よりは自分の方が、できているなという比較ができると思うのです。
その時に、自分よりもできないことが多い人を思い浮かべることで、その人よりも今自分ができないとしても、この人よりはマシだなという。
こういうその人には申し訳ないのですが、申し訳ないと言っても、その人の目前で言うわけではないし、勝手に自分がその人に対して、その人よりは自分の方が上と決めているだけなので。
あまり身近な人に置きすぎると、接する機会が多かったりするので。
知らず知らずのうちに自分よりもその人のことを下に見ていたりして、あまり人付き合いがよろしくなくなるので。
あまりそういう身近な人ではなくて、むしろ全く知らない人ぐらいの人を自分よりも下という位置づけにして、その人よりは今の自分が結構落ちてきたとはいえ、その人よりはマシだなという。
こういう考え方をすることで、ダメだった自分がまだマシだから、いいか、大丈夫かというふうにちょっと救われる。
そういう経験をすることができたので、今回のタイトルである、下を見ることで安定することの大切さというのを、この時に自分の経験として学ばせていただきました。
そうは言っても、確かに向上心というのは大事ですし、何事にも挑戦していくことも大事と考えて行動していくことも当然大事です。
ただ、時にはサボってもいいんじゃないかなと。
何もしない時があってもいいんじゃないかなと。
悩んでもいいんじゃないかなと。
落ち込んでもいいんじゃないかなと、そんなふうに思う時もあります。
自己評価と失望
そんな時に、自分よりも下の人を見ることで心が安定するという。
ずっと上ばっかり見続けていると、本当にいつか自分の出来なさに失望してしまう時もあるので。
何事もやりすぎず、ちょっとやりすぎて心が弱くなった時は、こいつよりはマシかなと。
こいつよりは努力しているなとか。
まだまだ大丈夫というように、下を見ることで自分を安定させると。
こういうことをやっていかないと、せっかく色々なことに挑戦したりとか、頑張って行動し続けても、失速している大きさとか、失速している時間が長くなってしまうと、せっかく好調心を持って色々出来るようになったことが出来なくなってしまったら、それはそれで良くないことなので。
落ち込むは落ち込むと思うんですけど。
それがなるべく、落ち込む大きさは小さい方がいいですし、時間も期間も短い方がいいと思うので。
そんな時に勝手に自分で比較した時に、自分よりも下の人を作って、別に人じゃなくても、アニメのキャラクターとか、自分で設定したキャラクターとか、人とかでも何でも良いと思うんですね。
ゲームのキャラクターでも、もはや何でも良いと思うんです。
それよりはマシだなと、自分の方がまだ上だなと、だからまだまだ自分は大丈夫と。
自己安定と比較
そういう風に思える、もう人じゃなくても何か、そういう何かを自分の中で作っておくことで、出来なくなってしまった時とか、不安定になってしまった時とか、どうしたら良いか分からなくなってしまった時でも、そいつよりはマシだなと、そういう風に思うことで自分を安定させると。
これに、少し遅かったのかもしれないですけど、私は気づくことが出来たんで。
だいぶ落ち込むことも少なくなったかなと。
ただね、やっぱり下を今度は見過ぎると、やる気がなくなったり、なんか現状維持でもういいやなんていう、あんまり上を目指さなくなるような気持ちになってしまうんで。
あんまり、下を見るっていうのを習慣化したり、癖にならないようにしていかないといけないんで。
ここは、ちょっと注意するとこではあるんですけど。
たまには、そういう風に自分を甘やかすっていうか。
ストレスを抱えすぎてどうかならない、どうかなってしまう前に、そういう下を見るっていうことをして、心を安定させると。
そういうことがずっと、向上心を持って多くのことを達成するにあたっては大切なことなのかなと。
集団内での役割
今回は、私の体験談として話をしましたが、割とこの考え方は大事だと思うんです。
どんな集団に属しても、いろんな人がいるんで。
出来る人がいれば、出来ない人もいると。
だから、出来ない人っていうのも、実はその集団の中では大事な要素で。
その人がいるからこそ、こいつよりはマシだっていう考え方で安定する人もいるので。
だから、どんな集団でも一人一人しっかり役割があるんだなと。
こういうことが、学生時代には気づけなかったんですけど、大人になって気づけたんで。
より、自分を自分でコントロールすることが、下を見ることで安定できたので、これからもこの考え方っていうのは結構有効に使えるので、変わらず使っていこうかなと、そんな風に思っています。
💎 要約
この文章では、自分の心を安定させる方法として「下を見る」という考え方が示されています。
日々向上心を持って努力を続ける中で、自分より上の存在ばかりを見ていると、やがて自分の限界に気づき、挫折や不安定さを感じることがあります。
こうした状況で、自分よりもできない人や存在を意識することで、「まだ自分は大丈夫」と思えるようになり、心のバランスを取り戻すことができます。
この考え方では、直接的に他人を貶めるのではなく、あくまで心の中での比較対象として利用することがポイントです。
また、比較対象は人に限らず、架空のキャラクターやゲームの存在でもよく、他人への影響を避けながら自己安定を図る方法として提案されています。
ただし、この方法を習慣化しすぎると、やる気を失い、現状に満足しすぎるリスクがあるため注意が必要です。
向上心と安定のバランスを保ちながら、「下を見る」という視点を一時的な救済策として活用することが推奨されています。
さらに、集団の中で「できない人」の存在は他の人の安定感に寄与するなど、全ての人がそれぞれの役割を持っていることも強調されています。
この考え方は、心の負担を軽減しながら自分を成長させるための有効な手段として位置づけられています。
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